殺しの狼煙 -Seaside Suicide-


掲載サイト:ESSENTIAL  作者:ねざ

「ど」
「どういうことです っ!」
 ミーティングルームの扉を開けると、そこにはすでに大半のメンバーが揃っていた。
 開口一番、大声で言ってやろうとした台詞を他の誰かに奪われたという事実に気づき、俺はなんとなく恥ずかしくなる。ど、の形に開けたまま固まってしまった口をどうすることもできず、 ううとかああとか適当なことを言って誤魔化す。背後でラミーが失笑した。
「全員揃ったら話す。だから落ち着いてくれ」
「でも……!」
 俺の台詞を奪って押し問答をしているのは、オーギュス隊長とイーヴァだった。胸元の服を揉んで詰め寄るイーヴァに、苦い顔の隊長が首を横に振っている。
「カフが、カフがどうして死ななければならない んですかっ!」
「詳しいことはまだ分かっていない。全員が揃うまで、下手に混乱させるわけにはいかないだろう。――落ち着け、イーヴァ。いつものお前らしくないぞ」
 オーギュス隊長が厳しい顔でイーヴァの顔を見返す。その言下の圧力に、イーヴァは怯み言葉をなくす。
 イーヴァは腰までもある白金の髪を (なび)かせる、妙齢の美女だ。人体部品の適合性が発覚してここに配属になるまでは、どこかの田舎町でごくごく普通の主婦をしていたらしい。戦闘経験が浅いため前線に立つことは少ないが、豊満な肉体と成熟した色香は、それ自体が無二の武器になることも多いのよ、とは本人の弁。『多様性こそ組織の武器』を旨とする隊長の、そのスローガンの体現のような女性だ。
 イーヴァが動転するのも無理はない。年齢が一番近いこともあって、カフとはよく気が合い親しくしていたのだから。
「来たか」隊長は扉の前で立ち止まっている俺たちを見て、わずかに安堵した表情を見せた。「遅いぞ、何をしていた?」
「ちょっと祝杯を、なんて言えるムードじゃ――ないみたいですね」
 俺は肩をすくめ、奥の席に腰掛ける。ラミー、ジエルドがそれに続く。
 俺の隣には、眉間に皺を寄せて腕を組んだバルゲロイがいて、俺が視線で挨拶すると苦々しい顔でよう、と言った。
「久しぶりだな。何があったか、分かるか?」
「何なんてもんじゃ ねェよ。オレも知らせ聞いて、ハウスから飛び起きてきたンだ。セッションもすっぽかした」
 バルゲロイは真っ赤な髪を逆立てた、今風の若者然とした隊員のひとり。つっかかっているように見えるが、これで普通の態度だ。
「餓死……だって?」
「おう。あの人に一番似合わないコトバだと 思わねェか? 『餓死』、なんてよ。最初に連絡入ったとき、誰かの手の込んだ冗談か何かかと思ったくらいだぜ」バルゲロイは凶悪な目つきになり、無意識に親指の爪を噛んだ。「くそっ、何であの人が。オレまだあの人に、模擬戦闘で一度も勝ってない ッてのによ……」
 歯ぎしりするバルゲロイに、俺は何の言葉もかけてやれなかった。
「これで全員か」
 隊員が揃ったのを確認して、隊長が重々しく口を開いた。
「ハルオンの姿が見当たらないね」
「あいつは別件だ。何でも張り込みらしいぜ」
「そんな地味な仕事、 自警(ジケイ)に任せておけばいいのに」
「静かに」ざわめく6人を、隊長が手で制した。「揃ったな。では……口上など聞きたくないだろうから、単刀直入に言う。昨日の深夜、カフが死体で発見された」
 部屋にざわめきが起こる。前もって聞かされていたとはいえ、改めて言われると目眩にも似た不快感がある。
「どこで見つかった んですか!」
 エスクが声を上げるが、オーギュス隊長はそれを手で遮った。
「気持ちは分かるが、しばらく発言は控えてくれ。順を追って話そう。まず、場所だが……ハックレス重政府ビル。つまり、この建物内で発見された」
 さらにどよめき。
 俺は苦い顔をしながら、おそらくそうだろうと薄々予想していた自分に気づく。
 カフはこことベッドを往復する以外、他に滅多に移動しない昔気質の男なうえ、彼の自宅は護衛官の監視が行き届いている。さらにカフは数日家を空けることはあっても、何日も家に籠もりきりになることはまずありえない男なので、もし自宅で見つかるならもっと発見は早く、そうなればおそらく一命は取り留めていただろう。
「場所は第一ロッカールームの《ボックス》だ。新入りの警備員が見回り中、ひとつだけ内側から施錠されたボックスを見つけ、呼びかけても返事がないのを不審に思い監視課に連絡、立ち会いのもとで解錠してみたところ、椅子に腰掛けて事切れているカフを発見したそうだ」
 とうとう耐えきれずイーヴァがすすり泣きをはじめた。ジエルドが、その肩を優しく叩いてやる。
 《ボックス》とは、俺たち一人一人にあてがわれている個室のようなものだ。読書や電脳ダイブ、静鎮音楽を聴く時などによく使う。カフはよくボックスを第二の自宅みたいに使っていたから、カフのボックスが施錠(ロック)状態になっていたとしても普通は不審に思わない。新入りだからこそ、それが引っかかったのだろう。
 だが、不自然だ。あまりに不自然すぎる。
「死因は活動エネルギー不足による脳内活性レベルの閾 値下までの低下。――詳しいことは現在、調査本部を設立して調査中。しばらく第一ロッカールームは使用できないから、皆はライニングセンターを使ってくれ。事実が分かり次第、追って連絡する。以上」
「ちょっと待ってください」俺は我慢できずに立ち上がった。「捜査はどこの管轄ですか。どうして俺たちに調査をやらせてもらえない んですか」
「身内の殺害事件には予断がつきまとう。現段階で、この 保安諜報部(ガズブレイブ) からメンバーを出すのは得策ではない。それに、私たちの任務は戦闘と諜報だ。聞き込みや現場検証は、ジケイの連中に任せておけばいいだろう」
「納得できません」俺は内心の不安を吐き出すように言った。「そもそも情報の開示が少なすぎます。最新の調査情報を知ることくらい、仲間 なんだから――」
 そこで隊長は、俺に厳しい視線をぶつけた。俺は二の句を継げなくなる。
 それ以上言うな。その目は、雄弁にそう語っていた。
「――すいません。言い過ぎました」
 俺は椅子に腰を下ろす。隣のバルゲロイが、どうしたン だよティガ、と小声で囁くのも、俺の耳には入っていなかった。
 ――では、やはり。
 ――カフを殺した犯人が、俺たちの中にいる可能性があるのだ。

「ちょっと、待って よティガ。どういうこと?」
「どうもこうもないよ。今言ったとおりだ」
 俺は大股に廊下を歩いている。自分でもよく分からない何かに突き動かされるように。
 後ろからラミーが小走りで追ってくる。
「だって、まだ自殺か他殺かも分かってないのよ? そんな、犯人があたしたちの中になんて――」
 言いかけて、ラミーは口をつぐむ。振り返り口に指を当てて、静かに、の合図をする俺のほうを見て。
「あんまり大きい声で言うなよ。まだそうと決まったわけでもない んだ」
「でも」
「今の段階では憶測に過ぎないよ。隊長だって、何も言ってなかっただろう?」
「そうは言っても。聞いたでしょ? 部屋は内側からロック されてたんだ、って。いわゆる密室 よ密室。それに餓死だっていう んだから、殺人なわけが――」
「それをこれから確かめに行くのさ」
 俺は早足で角を曲がり、階段を一段とばしに駆け下りる。その後からラミーが、何かブツブツ言いながらついてくる。
 角を曲がり、第一ロッカールームの前へと出る。そこには進入禁止を示すスカーレットのポールが立ち並んでいた。
「ちょっと、関係者以外立ち入り禁止だよ」
 ポールを乗り越えて入ろうとする俺たちに、 髭面(ひげづら) の自警捜査員が手をかける。
「俺たち関係者。よろしく」
「ダメ。オーギュスさんにきつく言われてンだから。あんたみたいなのが間違いなく入ってくるから、絶対に入れさせないように、って」
 ちぇっ。
「少しくらいいいだろ。中に忘れ物した んだ」
「ダメ」
「ちょっとだけ」
「ダメ」
「入れさせてあげてよ、おじさん」ラミーが横から口を出す。「このひと、ボックスに やーらしい 記録素子(レコーダー) を置き忘れちゃって。誰かに見られたら恥ずかしくて死んじゃうくらいHなのばっかり。少しだけだからね、いいでしょ?」
 誰が だッ、と怒鳴りなくなるのを、拳 を握り歯 を食いしばってこらえる。
 だが、捜査員はけんもほろろな返事をした。
「ダメなものはダメ。忘れた自分が悪い。証拠品として本部に没収されて、恥ずかしさで死になさい」
 ムチャを言っている。
「どうせ仕切りは特務権限のない2課のくせに、偉そうに……って、あれ?」
 喋りながら俺がさりげなく室内を覗いてみると、そこには見知った顔が立っていた。
 ジエルドだ。なぜか中にいる。問題のボックスの前に立ち、腕 を組み顎 を指で撫でながら、思索する哲人のような表情で周囲を眺めている。誰も咎め立てする様子はない。
「ジエルド、そんな所でなに やってるんだ?」
「おお、ティガくん。それにラミーくんも。こんなところで何をしている んだい?」
 こちらを向き意外そうに眉を上げてくるジエルド。
「…………」
 数秒の沈黙が流れる。
「あれ、おかしいな。その質問をしたのは俺のほうだったはず なんだけど……?」
「はっはっは、そう みたいだね」
  呵々(かか) と笑うジエルド。ときどき俺は、この奇妙な言動の男とちゃんと 意思疎通( コミュニケーション)がとれているのか不安になるときがある。
 それにしても、ジエルドがなぜ中に?
「む、あんたたち、トライバルさんの知り合いか」
「トライバルさん……?」
「ああ、そうだよ(ひげ) のひと。この人たちはね、僕の大切な参考人だ。事件との関連性がないのは僕が保証するから、見えないことにして入れさせてあげて」
「む……」
 どうもトライバルさんとはジエルドのことであるらしい。そういえば確か家名がそんな名前だったような。ついでに髭のひととは、この捜査員のことであるらしい。
「しかし、規則が」
「規則は僕が今変えた。ちょうどたった今変えた。というわけで、は い通した通した」
 捜査員は渋面を顔いっぱいに広げながら、どうぞ、と小声で言ってポールをどけた。
「何、どういうこと? ジエルドって実は偉い人なの?」
 ラミーが跳ねるように駆け寄りながら訊ねる。
「うん。どうやらそう らしいよ。別にこんな時くらいしか役に立たない二束三文の称号だけどね。前 やってた職務で、“朱雀警邏大神官”って のを宮殿から貰った んだ。それ以来、自警の人たちがやたらと親切」
「朱雀警邏大神官って……そりゃ、宮廷の上位冠位じゃないか!」
 アジアラ都にある中央選帝王宮の高官役職で、警護と治安維持を司る“朱雀”の冠位を、なぜジエルドみたいな ふーちゃけ改造人間が……?
「で、でも、大神官といったら難問中の難問、実績と家柄と、厳しい試験をパスする実力が絶対不可欠なはずだぞ」
「そんなことないよ。実績とかはサングリアル出兵のときの勲章で、家柄はどこか遠ぉー い親戚から、ついでに試験は勘でなんとかなったから」
 俺の肩から力がもりもり抜けていく。
 この人型不思議発生 マシーンを見ていると、ジエルドが天変地異と騒霊現象が結婚してできた人間だという説を本気で支持したくなる。
「それで……ここで、何 やってるんだ?」
「もちろん捜査さ。カフさんの無念を晴らすための ね。必ずや犯人は僕が捕まえてみせる」
 息巻いてボックスの天井近くを見上げるジエルド。俺もつられて上を見る。
 ボックスは分厚い壁を挟んで、俺の目の 前にに5つ、背後に5つ並んでいる。ひとつの部屋は幅も奥行きも大人の身長の倍ほど。ちょっとした小部屋ほどの広さはある。ドアは各ボックスにひとつ。真紋認識技術を応用した量子錠は内側からしか施錠できないようになっていて、破壊しない限り外からではどうしようもない。カフの所のドアだけは、発見時にこじ開けられたため錠は機能していなかった。
「中はどう なってる?」
「見たけど、特になにもなし。難しそうな紙媒体の本が何冊かと、静鎮音楽ディスクが2枚。あと奥さんの写真。ネットの使用履歴も見せて貰ったけど、ニュースとローカルの警備監視レンズ状況へのアクセス、それに脳科学情報と、意外なところで農地園芸のススメとかいうサイトに 通ってる。それだけ。特に目立った情報はなかったよ」
 目立った情報がなかったとはいえ、こんな捜査機密を簡単に漏洩していいのだろうか。心なしか背中に捜査員達の視線が突き刺さってきている気が。
「荒らされた形跡は?」
「もちろん 全然ナシ」
 俺は腕を組み思索する。
「うーん。やっぱり他殺の線は薄い気がするな。何日も食わせないなんて殺人方法が通用する相手じゃないだろうし」
 このボックス内で殺したとすれば、カフは一度も抵抗を示さなかったことになる。なにしろ彼がひとたび本気で暴れれば、たとえどんな拘束状況だったとしても、例えばこの程度の小部屋なら木っ端みじんに粉砕できるはずだし、床をぶち抜いて脱出することだって可能だったハズだからだ。
 しかしどこか別の場所で殺してここへ運んだというのも考えにくい。監視映像記録に残るはずだし、そもそもそれだけのリスクを負うだけの理由がない。
 さらに言えば、鍵は内側からかけられていた。いわゆる密室から脱出するのが不可能なのは、人類有史以前からの共通の法則だ。
「でもこれは殺人事件だね。間違いない」なぜかジエルドは自信ありげに断定した。「これは計画的に練られ、カフさんを狙って実行された 悪辣(あくらつ) な凶悪犯罪だ」
「そうなのか?」断定の出来ない俺は少し驚いた。「でも、密室が」
「そう、密室だからだ」
「……?」
「密室での殺人事件と来たら、必ず何らかのトリックがあって、必ず犯人はうまく脱出していて、いくら捜査してもそのトリックは解明されないと決まっている! そしてそのトリックは、最後に必ず名探偵によって暴かれることになっている!」
 期待した俺が馬鹿だった。俺は無視して後ろを振り返る。
「ラミーはどう思う?」
「おいっ、ほったらかしにする なっ」
「そうねえ。やっぱり飢え死に、ってところが異常すぎるわ。なぜ餓死なのか、なぜ他の死因じゃなかったのか。その理由を探すのが第一だと思うわね」
「なぜ餓死 なんだ?」
「知らないわよ」
「そんなの簡単じゃないか。食べるものがなかったからに 決まってる」
「…………」
 俺はジエルドの言葉をさわやかに無視し、腕を組み思考に沈んでいく。
 あれがもし可能だとしたら、いや、それでも絞られてくるか。とすると、やはり不用意には――
「ジエルド」俺は思案の末、最低限の単語だけ発することにした。「アレの感圧反応は?」
「やっぱりそこに気づいたか、ティガ君も。もちろん、全くナシだ。いいことなのか悪いことなのか分からないけどね」
「そうか」
 となるとやはり、犯人は――
「ちょっと」ラミーが突然言った。「なに二人で完結 してるのよ。あたしもまぜてよ」
「いや、いい。ラミーが入ると、微妙に話がややこしくなるから」
「うわっ、ケチ。何 よインテリぶっちゃって。いいわ、一つ気づいたことがあった んだけど、やっぱり 言うのやめた」
 なんとなく想像はついたが、一応聞いてみた。
「何?」
「これ、よく見たら密室でも何でもないじゃない」
 言いながら、ラミーは天井近くにある換気窓を指差す。
 それは天井と壁との境、人ひとりがようやく通れるか通れないかといったほどの幅で、普段は 換気扇(ファン) の影になって見えない位置にある。確かに、そこを通れば鍵のかかった状態でも内部に侵入することが出来る。窓は今も開いている。
「あー、そうだねえ」
「そうだねえって、やけに暢気ね。そんなんで犯人見つかるの?」
「いや、あそこから侵入するのは無理」
「どうして?」
「さっき言ったろう? あそこには防犯用の感圧反応デバイスが 埋め込まれてるんだ。誰かが壁をよじ登って潜ろうとすれば、絶対に記録に残る。でも」
「その記録はなかった、か。……なーんだ、残念。名探偵役になれると思ったのに な」
 さして悔しくもなさそうに、ラミーが言った。
 俺は続けて言うべき言葉を飲み込む。
 確かにボックスの壁をよじ登り、窓を開けて侵入すると必ず記録(ログ)に残る。だから、その手段でボックスに侵入することは絶対に不可能だ。しかし、ある程度の高さの踏み台から跳躍(・・)し、窓枠にほんの少しも触れることなしに中に入ることができれば――その限りではない。
 無論そんな離れ業をできる人間は 競技高飛(ブリッツ)の世界大会選手でも不可能だし、可能だとしてもカフの死因の説明には何一つなっていない。だが、その非人間的な技術を備えている、そして実行可能な人間は、間違いなく存在する。
 それも、俺を含め9人も。
 俺は目を閉じてその思考を打ち消す。そんなこと、あるはずがない。あってはならない。
「とにかく、今の段階ではこれ以上突っ込んだ話はできないよ。まだ機体解剖もできてない んだ。いつ死んだのかも、詳しいところは分からないし。後はジケイの連中に任せよう」
「えーっ、つまんない。あたしたちで犯人捕まえようよ」
「そうだティガ君。及び腰では真実には近づけないよ!」
 俺は首を横に振った。
「機体検分が終わるまではだめ。名探偵ごっこは謹慎命令だ」
「むー」腰に手を当ててむくれていたラミーが、ふと思いついたように言った。「そういえば、あたしたちが死んだ時って、遺体はどこに回収されるの? お葬式とか、ないの?」
「ないらしいよ」頭の後ろで手を組むジエルド。「研究所で生体部品にまでバラされて、各部署で研究実験用の材料として利用されるんだって。癪な話だけど、仕方ないね。これだけ最高級の生体技術を湯水のように使えるところなんて、他にはないだろうから」
「ふうん」
 この貴族出身のお嬢様は、ひょっとして解析ラボにまでねじこんでみようとか 考えてるんじゃないだろうか。
 そう訊ねてみると、ラミーは、
「そんなわけないでしょ」
と笑った。だが、言いながら目だけは笑っていないのを、俺は見逃さなかった。なんだか寒気がした。
 その後、“髭のひと”と情報を交換。カフの日頃の人間関係を教え、その代価に現在の捜査状況を(ジエルドが半ば無理矢理に)聞き出した。それによると、自警はやはり自殺の線で固めているらしい。飢餓死という異質な死因が、そういう流れを作っているそうだ。解剖結果や死亡前後の行動などが分からない状況では、いずれ推測の域を出ることはないが。
「そういえば、今日のメンテナンスは何時から?」
 渡り廊下を抜けながら、ラミーが訊ねた。
「あと2時間強。さっきオーギュスさんから連絡があったよ」ジエルドが肩をすくめる。「バイオリキッドの交換と、機圧のチェック。あと神経繊維の部分交換かな。前回の任務でだいぶ痛んだからね。――ああ、そうそう。今回の“SBS”はティガ君が受け持ちらしいよ。がんばってね」
「うへえ」俺は眉間に皺を寄せる。「任務明けのうえこんな事件があったんだぞ。たまには休みにしてもいいじゃないか――そんなに研究開発が大事か?」
「退屈な反復作業の積み重ねのみが、常に最大の成果を残すことができる――グロウェイ幕僚次官の言葉だよ。我慢我慢」
「ミクロ研のアキナに嫌われたわね、ティガ」
「やれやれ」
 俺は目頭を揉んで歩き出す。
 そういえば、目頭を揉む行為と眼球の血流との科学的関係は証明されておらず、ましてや体内圧力を微少なマシン群で精密に調整されている俺たちにとってその行為は単なる“人間時代”の感傷に過ぎない、というカフの言葉を思い出した。
 面倒見の良かったカフ。いつも厳めしく、俺たちの父親代わりだった壮年の戦士。
 ――これだけでは終わらない。
 死者はこれだけに留まらない。これからもっと多くの血が流れ、大切な人が次々と死んでいく。カフの、そしてティエルンの顔が青白い壁に浮かんでそう呟き、そして消えた。

||| NEXT→ |||ホームに戻る |||

Copyright (C) 2004 ESSENTIAL All rights reserved.